☆型紙小紋を染めるしごき染めは、難隠しにも最適 ―着物雑学―

しごき染めとは、①江戸小紋や京小紋のように、型紙を使用してゴムや糊で柄を置いて防染(染まらない場所)して、②糊に色を混ぜた色糊を用意して③反物を板に板張りし、大きな駒ベラで②の色糊を全体にまんべんなく均一に塗って行く、という染め方です。②と③だけの工程で、無地染めされることもあります。

鮫小紋や行儀やあられ、万筋といった細かい伊勢型紙の小紋、有名ですよね。こちらも作家物など、一貫して最初から最後まで一人で染められる方もおられますが、友禅と同じく分業もあり、工程をざっくり分けると

○意匠考案○型を彫る○型を置いて防染する○色糊を作る○染める○挽き粉をまぶす○蒸し水元 などに分けられます。

 

数年前、見学させて頂いた㈱広海さんでは、しごき染めもされていて、「染める」と「蒸し水元」の工程を請負っておられます。ですので、「型を彫る」「型を置く」「色糊を作る」の工程は見られませんでしたが、数年前、伊勢型紙を継承されている若い職人さんからお話を伺った時、「高齢化と後継者不足に悩んでいる」と仰っていたのを、印象深く覚えています。

 

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さて、広海さんでは、既に柄の型紙の防染が置かれた反物と、色糊のバケツが届けられます。戦後、蒸し屋さんがしごき染めを染めるようになりましたが、現在では蒸し屋さんでは全国で広海さん一軒だけなのだそうで、それまでは色糊が引かれて挽き粉というおがくずのついた状態の物が届けられていたそうです。

届けられた防染型の置かれた反物を、40年くらい使われている一枚板に伸ばして広げ、色糊を、30センチくらいある桜の特注品の大きな駒ベラで伸ばして均一に広げて行きます。

 

しごく、というよりは塗るような感じで、スピードが鉄則なので2分から5分くらいで引き終わったら、糊の付いた生地を、二人で、板に沿って床に敷き詰めてある「挽き粉」というおがくずの上に降ろします。

 

おがくずは特に細かい物で、生地がくっつき合って打ち合うのを防ぐために上からも更に挽き粉を撒いて全面に着け、くっつき合わないよう注意しながらしごき染め専用の蒸し箱に入れる台に吊るし掛けて行きます。全体に防染糊と色糊と挽き粉が着いているのでとても重たそうでした。

しごき染めは水分を多く含んでいるため、「濡れ蒸し」と言って湿度が高く、温度は他のと同じでも短時間で蒸し上がります。水元は、職人さんの手による手洗いで、よくこすって糊を落とします。

水元

江戸小紋や京小紋は、白場が命と言っていいほど重要なので、防染がしっかりしています。また、通常の染料と違って色糊ですから、裏まで浸透しないため、裏は白いままです。ですから、同じ工程を表と裏とに繰り返せば、両面染めも可能なわけです。

 

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さて、ここからは染色補正士の目線からのお話です。

まず、しごき染めは、染色に糊を多く使っていますから、生地が糊気を含んでいるため、中には水洗(水元)が足りなくて輪ジミができやすいのもあるので、水に濡れたり、汗にもご注意を。広海さんのようによく手洗いしてある生地は問題ありませんが、撥水加工を施しておくと安心です。

次に、江戸小紋や京小紋は、使用されてる染料によっては、薬品と相性が悪く、補正が不可能な場合があります。もちろん出来る物もありますが、変色はとれない事もあります。

変色が完全に抜けなければ、白い所に残ると目立ちます。しかし柄が非常に繊細な為、補正が不可能な事もあります。

そして、もう一つ最も言いたい事は、「着物を染め替えする時は、しごき染めが最適」ということです。(ブログ「きものの色を変えたい!染め替えの利点と注意点」参照)

しごき染めは、難隠しのための染め替えには最適です。しみや焼けや変色のある生地を染め替えする場合には、染料では、そこだけ濃く染まって色溜まりになったり、浸透にムラが出来たりしますが、色糊を使用するしごき染めですと、比較的ムラ無く染められます。巻ぼかしや柄よけといった手法は引き染めの分野ですが、柄を伏せ糊などで防染すればしごき染めでも柄を生かす事は可能です。

 

ですから染色補正士や悉皆屋さんにとっては、しごき染めは無くてはならない染色なのですね。全国の蒸し屋さんや、しごき染めに携わる染め屋さんにはこれからも頑張り続けてもらいたいところです。

ですが現実は、蒸し屋さんは全国的に大幅に減少しました。加賀友禅の石川県でも東京友禅の東京都でも消えて行き、京都の蒸し屋さんには全国から染め物が集まっています。しかし、原油の高騰で燃料費がかさみ、大変厳しい状況だそうです。

蒸し屋さんが無くなったら友禅は作れません。全国で友禅の製作に携わっている多くの職人さんはどうなってしまうのでしょう。