☆輪奈ビロードは長浜産・立体模様は人の手で作られる ―着物雑学―

前回の丹後ちりめんに引き続いて今回は、同じく絹の白生地の産地として有名な滋賀県長浜市に参りましょう。長浜では大きく分けて、浜ちりめん・浜紬・輪奈ビロード、が作られています。浜ちりめんは知っているけど、浜紬?そして輪奈ビロードが長浜産だとご存知でしたか?あまり知られていませんよね。

そこで今回は、立体模様なのに軽くて暖かい、一度見たら忘れない特徴的な「輪奈ビロード」を製造されているタケツネさんを取材させて頂きました。

 

 

長浜では昔から、川の氾濫による水害が多く農作物が育たず、住民は苦しんでいました。あるとき丹後がちりめん織物で繁栄した事を知り、二人の男性がその技術を学びに丹後に出向きました。こうして浜ちりめんが誕生したそうです。

京都の丹後では、ちりめんの他にも生地に模様を取り込んだいわゆる地紋のある白生地が作られ、長浜では一越などの無地の白生地が織られています。浜紬というのは、白山紬、ぜんまい紬やひげ紬と呼ばれる網織紬などで、男物でもよく見かける後染めの白い紬です。これも長浜産だったのですね。

 

左上・浜ちりめん 左下・一越ちりめん 右上、右下・浜紬

 

◇ 輪奈ビロードとは

 

 

漢字にすると輪奈天鵞絨と書いて、輪奈→ループ、天鵞→白鳥、絨→糸、を意味するのだそうです。字だけでも美しいですね。一見AIが作り出したような未来的な織物ですが、その歴史は意外と古く、五百年前の鉄砲伝来にまで遡ります。

ポルトガルから鉄砲が伝わった時、それを包んでいた布がビロードだったとか。織田信長や上杉謙信らの時代には輸入品として高級生地のビロードがすでにあり信長はビロードの赤いマントを着用していたとも言われています。この不思議な布をなんとか作れないかと西陣で研究した所、生地にたまたま一本の銅線が残っていた所から解明につながり、長浜では江戸時代中期くらいから織られるようになったそうです。エピソードも面白いですね。

タケツネさんは大正8年創業で、最初は下駄や草履の鼻緒用としてビロードは先染めで織られていたそうです。すべり止めになるので鼻緒には最適ですがあまり衣装には用いられず、防寒用のコートやショールにする後染めの生地は、昭和になってからだそうです。

 

礼装用の草履にも内側にビロードが使われています。

 

構造を簡単にご説明致しますと、緯糸をループにして織り、そのループを切る・または切らない、その風合いの違いで凹凸をつけて立体にしてあります。タオル(パイル)をご覧になるとわかりやすいです。タオルにも、目の洗いもの細かいもの、いろいろありますね。

綿や、レーヨン、ポリエステルなどの化繊でも織られている別珍・コール天・コーデュロイなどと呼ばれる物は「無線ビロード」で、ループに芯を入れない。丹後の「一刀彫」という生地も無線ビロードです。

タケツネさんの輪奈ビロードは、「有線ビロード」で芯が入りますから、「芯を入れて抜く」という作業があります。どちらも専用の小刀で切ることで立体模様をつけて行きます。無線は緻密で重く、有線は軽いのも特徴です。

余談ですが、ビロードはポルトガル語、ベルベットは英語、ベロアはフランス語だそうです。

 

◇ 工程

 

タケツネさんでは見学も受け付けておられるので(要予約・一人七千円おみやげ付き)わかりやすい資料を使って説明して下さいました。

輪奈は、極細の糸を使って立体を織るので経糸は2本、緯糸は3本の複雑なセーフティパイルという織り方で、ループを切っても糸が抜けにくい。それに対して鼻緒に使われるようなビロードは、ルーズパイルと言って緯糸が2本のため抜けやすいので、裏に糊付けされるのだそうです。

無線ビロードは糸が抜けてしまったり、へたったりするのでしみ抜きが出来ない物が多いですが、輪奈の場合は、有線のしっかりした織物なので出来る物もあります。

 

①織る

 

 

織る段階で同時に芯も入れて織り込んで行きます。昔は銅の細い針金を入れて織られていましたが、ジャガード機が普及して、現在はポリエチレンモノフィラメントという黒い糸のような使い捨ての芯を使用されています。

 

針金の入った生地は重い。

この黒い糸が芯です。

たて糸が二重になっています。

紋紙は穴が多いと上がる回数が多く千枚を超える事もあるそうです。

 

芯は大体0.5mm。薄い生地だと0.3mm、総切りの生地だと0.8mmの芯もあるそうです。コート一反(約10.5m)織るのに約三日くらいかかるのだそうです。

 

②切る

 

切った部分の拡大写真。

 

生地が織れたら「紋切り」といって、際立たせたい部分(赤い印がつけてある)のループの経糸をカットして行きます。使用する専用の小刀には「さや」という枠がついています。切る角度で柄の感じが変わってしまうため、繊細で神経を使う作業で、熟練した人の手でしか出来ない作業です。

 

 

ビロードには「逆毛」「撫毛(なでげ)」と呼ばれる「方向」があるので、実は仕立てもアイロン仕上げ(専用の台があるそうです)も大変難しいんです。このカットの工程で方向が出来るのですね。

こうしてループの無い所・ループのある所・ループを切った所の、3つの断面ができるので、染料の浸透がそれぞれ異なり、3つの濃淡を持つ立体模様が浮かび上がるわけです。

 

③抜く

 

 

最後に、一反に一万五千本くらいもの張りめぐらされた芯を抜いて行きます。芯の片側を切って目打ちで抜きますが、シュッと速く抜いてしまうと芯が溶けてついてしまったり、糸が引けてもいけませんから、ちょうどいい早さで抜かなければなりません。そのため、一日一反くらいしか出来ないそうです。

 

 

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こうして軽くて暖かくてお洒落な高級織物の輪奈ビロードが出来上がります。タケツネさんは、社長さんも若い女性の方が継いでおられて、全員女性の方が働いておられたのが印象的でした。現在では、絹の輪奈ビロードは、タケツネさんしか製造されていないそうです。

 

現在、長浜は長浜城の城下町や古い町並みも残り、鯖そうめんなどの美味しいグルメも多くて滋賀県の観光スポットとして賑わっています。着物のイベントや着物特典もたくさんあります。そしてここで長浜の絹織物を守って頑張っている女性がおられる事も、覚えておきたいですね。