◆祇園祭は呉服と共に歩み 職人達を育てたー着物コラムー

私達がお直しのお仕事をしている京都では、夏になると祇園祭が行われます。祇園祭は、大阪の天神祭、東京の神田祭と並んで日本三大祭り(諸説あります)と言われています。

祇園祭は7月1日から7月30日までと期間も長いのですが、準備を入れるともっと前からですし、携わる人数も桁違い。京都の中心部では特に、期間中は交通から何から何まで祇園祭優先になります。

 

ところでその祇園祭、テレビや写真で見れば、絢爛豪華な祭だなぁ…と、お思いになるでしょうが

実際はもっとすごいんです!

 

それに呉服と深い関係があり、一流の職人達の技が結集されて今日に至っているのです。

そうなると、着物のお直しという職人仕事をしている私達も大変興味深い所です。そこで今回はそのお話をさせて頂きましょう。

 

祇園祭は、平安時代から千年以上続く、八坂神社の祭礼です。当時、大流行した疫病を厄神や悪霊のせいと恐れた人々が、怨霊を鎮めるために八坂神社の牛頭天王をお祀りする御霊会(ごりょうえ)です。

 

御神輿を鴨川の水で清めて水の神様をお迎えします(神輿洗い)。

祇園祭

神輿洗いの様子

水の神様のお祭りでもあるせいか、昔から祇園祭には雨が付き物と言われます。

祇園祭には浴衣が定番アイテム。毎年たくさんの浴衣美人が見られて楽しみなんですけど、必ずと言って良いほど雨に濡れてしまうんですよね。でもそれも京都の人なら必ず持ってる青春の思い出です。

祇園祭雨の様子

突然激しい雨に見舞われることもしばしばです。青空が出ていても、雨が降ることもあります。

(*ちなみに鴨川の納涼床って、神輿洗いで神様が鴨川にいなくなったから、その間は足をつけてもいいという所から始まっています。)

 

御神輿とくれば次は山鉾です。この「京都祇園祭の山鉾行事」、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。

 

(以下山鉾の様子)

祇園祭

巡行の様子

祇園祭(夜)

祇園祭(夜)

元々は二条にある神泉苑(平安時代は広大でした)に、当時の日本の国の数66本の巨大な矛を立て、祈願されたその矛を持ち帰って人間がかついでいたそうです。現在は33基あります。それぞれにいろんな神様が祭られ、巡行されますが、それは御神輿が通られる前の先祓いという説もあれば、各山鉾に悪霊や厄を移して連れ出し、神様に退治して頂くのだという説もあります。

山鉾の地図(内輪に印字)

山鉾の地図(内輪に印字)

さてこの文化遺産に登録されている絢爛豪華な山鉾ですが、その芸術性を維持して来たのが、それぞれの町内であり、そこには室町時代からの京の都の豪商の力がありました。

 

ご覧になった事がある方はご存知でしょうが、祇園祭の山鉾は動く美術館と言われ、高い芸術性と一流の職人技が集結されています。歴史ある諸外国の織物や彫刻、彫金、絵画、刺繡、舞踊、お囃子、からくり人形等々。一流の宮大工、有名な人間国宝級の方ばかりなので、ご興味のある方は一度お調べになるのも面白いですよ。

山鉾に飾られている豪華な織物

山鉾に飾られている豪華な織物

そして染織です。友禅の人間国宝、森口華弘氏や羽田登喜男氏の作品が使われている山鉾もあるのですよ。

織物まさしく絢爛豪華とはこのことですね…

毎年大勢の人が訪れ、注目を集めるのですから、どれだけ職人や芸術家の士気を高める事でしょう。彼らが祇園祭の度に腕を上げて行ったことは、想像に難くありません。

そして当時の京都の豪商には武士にお金を貸すほどの財力があったそうで、現在も有名な企業の前身が何軒も軒を連ねていましたが、その中には呉服屋さんが特に多く存在しました。

祇園祭の時には、現在も残る各邸宅に伝わる屏風など、歴史ある美術品も展示されるので、町全体が巨大な美術館のようで、その迫力には圧倒されます。

 

そこで、浴衣や夏の着物がたくさん売られ、女性たちは新しい浴衣を、来年のお祭りのために支度するのです。毎年の夏の風物詩です。

 

お祭りが終わると、京都のクリーニング屋さんも染色補正士の先生方も大忙しですから、腕を磨けるというのも実感できます。

ちなみにしるくらんどの顧問の先生も山鉾のお直しをされています。

しるくらんどは元々は山鉾の一つ、白楽天山が立つ所のすぐ近くにありました。

祇園祭

この提灯がよく見えたんですよ~

呉服業界は斜陽産業で現代では小さな産業になってしまいましたが、祇園祭同様、これからも受け継いで行きたいと思っています。

そしてまた、祇園祭の山鉾行事が見られる事を楽しみにしています。

 

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#伝統行事